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大阪高等裁判所 昭和61年(う)685号 判決

本籍

京都市右京区西京極河原町三五番地

住居

右同所

不動産貸付業

井上博文

昭和一〇年七月二五日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、昭和六一年五月二六日京都地方裁判所が言渡した判決に対し、被告人から控訴の申立があつたので、当裁判所は次のとおり判決する。

検察官 小林秀春 出席

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人南部孝男、同井上博隆共同作成の控訴趣意書に記載のとおりであるから、これを引用する(なお、同趣意書中第四の点は量刑不当の主張である旨、弁護人らにおいて釈明した。)。

一  控訴趣意第一について

論旨は、要するに、(1) 原審において、弁護人らが「本件脱税については、被害者たる右京税務署の承諾がある」旨を主張したのに、この主張に対する判断を遺脱した原判決には刑事訴訟法三三五条二項に違反する訴訟手続の法令違反があり、(2) 仮に原判決が、その「右京税務署の承諾は存在しない」旨の認定をしているのであれば、原判決には事実の誤認があり、かつ、右のいずれの瑕疵も判決影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決は破棄を免れない、というのである。

そこで検討するに、記録によれば、たしかに、原審弁護人らが所論のような税務当局の承諾の存在を主張したにもかかわらず原裁判所は判決において右の主張に対する判断を示さなかつたことが認められる。しかしながら、本件のような純然たる国家的法益に対する罪にあつては、そもそも違法性阻却事由としての被害者の承諾という概念を容れる余地はないものと解されるから、原審弁護人らの右主張は刑事訴訟法三三五条二項の犯罪の成立を妨げる理由又は刑の加重減免の理由となる事実の主張に当たらないことが明らかである。そうすると、原裁判所が右の主張について判断を示さなかつたとしても、何ら所論違法のかどはなく、また、原判決がそのように所論(1)の主張について判断を示さず、その点につき否定的認定をしているものでもない以上、その否定的認定のあることを前提とする右(2)の主張が前提を欠き失当であることはいうまでもないから、論旨はすべて理由がなく、是認できない。

二  控訴趣意第二及び第三について

各論旨は、結局、被告人は、本件譲渡所得税に関し、宇津竹次郎から、全日本同和会に頼めば合法的に税金が安くなると勧められ、これを信じて同会にその申告手続を依頼したのであつて、原判示のように不正の行為によつて所得税を免れる犯意もなければ、右宇津ら原判示の共犯者らと脱税を共謀したこともないのに、原判決が被告人に右の犯意及び共謀が存在したと認めたのは、判決に影響を及ぼすことの明らかな事実を誤認したものであり、破棄を免れない、というのである。

しかしながら、原判決拳示の証拠によれば、所論の犯意及び共謀の点を含め、原判示罪となるべき事実は優に肯認することができ、また、原判決が右認定の理由として説示するところも正当として首肯することができる。

すなわち、右証拠によれば、本件所得税は被告人が昭和五八年八月三一日にその所有にかかる原判示宅地四筆を代金合計二億七九万二四〇〇円で他に売却譲渡したことに伴うものであるが、原判決も認定するように、本件確定申告は、もともと被告人が右売却の仲介人であつた共犯者宇津竹次郎に対して税金を安くする方法を講じてもらいたい旨依頼したことに端を発していること、当時被告人は、同和団体に頼めば税金が安くなるという噂を耳にしており、右の依頼も、そのような方法による利益を期待してのものであつたこと、被告人の右依頼の趣意は、右宇津から共犯者の松本芳憲へ、更に同人から全日本同和会(以下単に同和会という)京都府・市連合会事務局次長の渡守秀治へと伝えられたが、同和会側では、被告人が資産家であることを理由に、いつたん右依頼の引受を拒否したこと、しかし、被告人から再度の要望があつたため、右宇津、松本、渡守の三者間で話し合つた結果、結局、同和会においてこれを引き受け、原判示のような方法で不正な申告をして脱税することとなり、その大要は宇津を介して被告人にも伝えられたこと、ところで、被告人は、前記宅地の売却に先立ち、あらかじめ司法書士事務所に問い合わせるなどして、その譲渡所得にかかる正規の所得税額が約六〇〇〇万円余になるものと予測していたこと、それにもかかわらず、本件において被告人は、納付税及び同和会への謝礼等一切の費用として三〇〇〇万円で済ませるとの条件で、その確定申告の手続を依頼していること、そして、申告に関する書類の作成やその提出など実際の申告手続は、右渡守ら同和会関係者の手で行われたが、被告人も、同申告手続完了の直後、渡守からその申告に関する書類の控を受領しており、これによつて、実際の申告税額が正規の税額より極端に少ない三七〇万円余であることや、その軽減の方法が多額の架空損金の計上によるものであること、更には自己の拠出金の大半が同和会へのカンパに回されていることをも知つたのに、右渡守らのとつた措置に何らの異議を述べず、また、自ら税務当局に対し右申告の是非について確かめることもせず、そのまま放置して申告期限を徒過したことがそれぞれ認められる。

これらの事実に徴すると、被告人は、宇津及び同人から依頼を受けた松本を介し、間接的に同和会に対して本件申告手続を依頼したものであるところ、右依頼に際しては、具体的な方法や金額までは知らなくても、少なくとも、同和会が架空損金の計上といつたような方法を用いて確定申告をし、かなり多額の所得税を免れる措置をとるであろうことを予測し容認していたことは否定できなく、また、そうした方法で税を免れうるのは、同和団体の力と税務当局の目こぼしによるものであつて、それが正当な申告納税であるとは考えていなかつたことも推認するに難くない。してみれば、被告人が同和会に本件申告手続を依頼した際、被告人に不正の行為により所得税を免れる犯意があり、右宇津のほか、松本ら原判示共犯者との間で順次その旨の共謀が成立したことも明らかである。原審及び当審における被告人の供述中、右の犯意及び共謀がなかつた旨述べる部分は、共犯者の原審証言等に照らし措信できない。

これに対し、所論は、これまで税務当局が解放同盟や同和会名の申告に対し、脱税そのものを指導是認してきたとして、これらの関係者はもちろん、本件の共犯者や被告人には違法の認識がなかつたともいうので、検討するに、原審で取り調べた証拠によると、なるほど京都府下の税務署の場合、これまで同和会団体の代行する同和関係納税申告については殆ど事後の調査をせず、一見不正と思われる方法で税額の圧縮が行われていても、形式面での不備がなければこれをそのまま認容するという取扱いが一般化していたことが認められ、本件当時の税務当局の態度には少なからず適切を欠くものがあつたというべきであるが、たとえそうであつたとしても、右のような取扱いが法的に正当視できないことは多言をまたないところであり、ましてや、被告人の本件譲渡所得はいわゆる同和関係所得ではなく、本来右の特別扱いの対象となるような性質のものではないこと、従つて、その特別扱いを受けるためには同和関係所得であることを仮装するほかないことも被告人においては十分知悉していたはずのものであるから、本件において被告人に違法の認識又はその認識の可能性がなかつたということはできない。

そうすると、右と同一の判断を示した上、被告人に対して本件所得税法違反の罪の成立を肯認した原判決は正当であり、所論のような事実誤認のかどはない。論旨は理由がない。

三  控訴趣意第四について

論旨は、原判決の量刑不当を主張するので、所論にかんがみ記録を調査し、当審事実取調の結果をもあわせて検討するに、本件は、前示のとおり、被告人が、知人及び同和会幹部らと共謀の上、自己の所有土地を売却譲渡したことに伴う所得税を逋脱した事案であるが、その逋脱額は五三六二万四〇〇円の多額に上り、逋脱率も九三・四パーセントと甚だ高率であること、また犯行に当たつては、被告人が資産家であることを理由に、いつたん同和会側から本件不正申告の代行を断られたにもかかわらず、再度これを依頼しているもので、むしろ被告人の方から働きかけてもいることなどに徴すると、その刑責は軽くないから、たとえ犯行そのものが同和会側の主導によるもので、被告人としては当初から右のような極端な脱税を目論んでいたのではないこと、また本件においては、前示のとおり、これまで同和団体の行う不正の納税申告を安易に容認して放置してきた税務当局の態度にも責任の一端があること、更に被告人には過去に前科前歴がなく、本件発覚後は、修正申告により重加算税、延滞税を加えた正当税額全額を納付し、反省もしていること、その他所論指摘の諸点を十分斟酌しても、被告人を懲役六月(執行猶予二年)に処し、これに罰金七〇〇万円を併科した原判決の量刑は、懲役刑の刑期等のほか、罰金の併科及び金額の点においてもやむをえないものと認められ、重過ぎるとはいえない。論旨は理由がない。

よつて、刑事訴訟法三九六条により、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 石田登良夫 裁判官 白川清吉 裁判官 白井万久)

○控訴趣意書

被告人 井上博文

右の者に対する所得税法違反被告事件について、控訴の趣意は左記のとおりである。

昭和六一年七月三一日

右弁護人 南部孝男

同 井上博隆

大阪高等裁判所第四刑事部 御中

第一 被害者の承諾

一、弁護人らは、原審において、「本件脱税については、被害者たる右京税務署の承諾がある」旨を主張しているにもかかわらず、原判決はこれに対する判断を示していない点において刑事訴訟法三三五条二項に違反し、訴訟手続きの法令違反があり、この違反は判決に影響を及ぼすことが明らかである。

また、原判決が、「右京税務署の承諾は存在しない」旨の認定をしているのであれば、原判決には事実の誤認があって、この誤認は判決に影響を及ぼすことが明らかである。

二、弁護人らは、原審において、昭和六一年一月二五日、「取寄先京都地方裁判所第四刑事部、記録の表示被告人林康司に対する相続税法違反事件における証人長谷部純夫の証人尋問調書」との記録取寄申請をなしたが、その際の立証事項は「納税者が、全日本同和会京都府・市連合会を通じて確定申告をする場合には、申告納税額が正規の税額よりも少額であったとしても、所轄税務署は、これを是認または黙認していた事実」である。これによると、弁護人らが、所轄税務署の承諾の事実を主張していることは明らかである。

弁護人らは、原審における弁論要旨において「本件脱税は、大阪国税局・右京税務署ら税務当局の承諾の下に行われたものであり、」と主張しているのであるから、本件脱税については被害者たる右京税務署の承諾があった旨を主張している。

これに対し、原判決は、証拠の標目に続く「なお書」の部分において、犯意・共謀・違反性の認識についての判断を示しているものの、「被害者の承諾」についての判断は示されていない。

従って、原判決には、刑事訴訟法三三条二項に違反し、訴訟手続の法令違反があり、この違反は判決に影響を及ぼすことが明らかである。

三、原判決が、「本件脱税について被害者たる右京税務署の承諾はなかった」旨の認定をしているのであれば、これは事実の誤認であって、この誤認は判決に影響を及ぼすことが明らかである。

右京税務署の脱税に対する承諾の存在は、原判決における証拠調の結果、明らかにこれを認めることができる。その詳細は、以下のとおりである。

四、本件脱税の端緒は、昭和四三年一月三〇日の大阪国税局長と解同中央本部及び大企連との間の確認(弁三)である。この確認事項では「同和対策控除の必要性を認め、……局長権限による内部通達によってそれにあてる」(第二項)、「企業連が指導し、企業連を窓口として提出される白、青といわず、自主申告については全面的にこれを認める」(第三項)、「同和事業については課税対象としない」(第四項)、とされている。この確認事項によって、大阪国税局が同和対象者を特別扱いしようとしたこと、すなわち、長谷部純夫の証言で言うところの「行政的配慮」をしようとしたこと、は明らかである。なに故にこのような確認がなされたのか、また、この確認によって同和対象者をどの程度優遇しようとしたのかについては、当時の大阪国税局長(高木元国鉄総裁)をはじめとする国税当局者らの証人尋問を実現させなければならないのであるが、それはともかくとして、この確認以後、「昭和四四年一月二三日以降大阪国税局長と解同近畿ブロックとの確認事項」(弁三)がとり交わされ、ここでは、「申告については、大阪方式を他の府県にも適用する」として、近畿全府県において同和対象者を特別に優遇しようとしたのである。これらの確認を受けて、国税庁長官通達(弁三)が、昭和四五年二月一〇日、各国税局長宛に発出されている。この通達は、その文言上は、さして問題を生じないような、さしさわりのない表現ではあるが、その実質は、前述の大阪国税局長の確認した内容、すなわち同和対象者に対する特別の優遇措置を国税庁長官においても認知し、これを全国的に拡大しようとしたものであることは明らかである。そして、昭和四九年二月一四日には、前述の大阪国税局長のなした確認及び国税庁長官通達の内容を、京都府下において徹底するかの如く、大阪国税局長と解同中央本部及び京都府連の間で確認(弁三)がなされている。この京都府連との間の確認事項では、長谷部純夫が原審の証言中で述べているところの「税務対策」という用語もつかわれている。

五、このような確認事項がなれれたのち、税務当局は、同和対象者、それも特定の団体(同企連、大企連)を通じてなされた確定申告につき、(イ)国税局を窓口として受け付る、(ロ)同和控除を認めてこれを受理する、(弁三-二の八頁四段目以降)(ハ)大企連関係の企業について無申告であっても調査対象からはずす、(ニ)大企連関係者の譲渡所得については課税しない、(弁四の三六頁四段目以降)(ホ)大企連の申告については期限後申告を認めて、期限後申告加算税も課さない、(ヘ)大企連関係者に対しては調査しない、(ト)調査の結果、修正申告直前までいったものについても、大企連関係者であることが判明した場合には所得ゼロで落としてしまう、(弁五の二六頁三段目以降)、等々の優遇措置をとり始めたのである。これらの同和関係者に対する優遇措置は、昭和五〇年に国会で取り上げられ、論議されたが、それにもかかわらず、この優遇措置は中止されることなく継続された。この優遇措置は、法律に基づくものでは勿論なく、「違法」なものである。国会において「大企連関係者の申告は違法である」旨の指摘を受ければ、税務当局は、大企連関係者の申告につき厳格に調査し、脱税の事実があれば更正・決定をすべきが当然である。しかるに、これがなされなかったということは、国税庁として大企連関係者が脱税していても、これを黙過・容認していたという事実を物語るものである。

京都府下全域においても、遅くとも、昭和五〇年の初めくらいから、同和関係者の譲渡所得について、ゼロ申告がなされ、これに対して更正がなされることもなく、勿論刑事訴追をうけるということもなかった。解放同盟を通じて申告をするとゼロ申告になるということは、少なくとも同和地区の近所の不動産業者は知っていたし、解放同盟に加入している者は全員知っていたのである(長谷部証言の二丁裏から五丁裏まで)。解放同盟を通じての申告が、すべてゼロ申告であり、このことを解放同盟加入者・近所の不動産業者は、すべて知っていたというのであるから、所轄税務署は、解放同盟を通じての申告に対して脱税の可能性があることを当然知っていたはずである。それにもかかわらず解放同盟を通じての申告について調査もなさず(長谷部証言の六丁裏)、まして更正・決定もしなかったということは、税務署が、脱税と知りながら、これを「是認・承諾」していた事実を示している。長谷部純夫の経験によると、約一億円の税金を納めたあと、解放同盟を通じて更正の請求をしたところ、結果的に約一、〇〇〇万円の税金になった。すなわち、約九、〇〇〇万円が還付されたことがあるとのことである(長谷部証言一丁裏から二丁表)。通常であれば、更正の請求の場合は、税務署は厳しく調査して、容易に更正の請求を認めないものである。それにもかかわらず、解放同盟を通じて更正の請求の場合には、多額の還付近の出る事案でありながら、いとも簡単に更正の請求を認めているのである。解放同盟を通じて申告等については、これを特別に優遇するという国税庁・大阪国税局の方針が末端まで徹底していたという証左である。

六、鈴木元動丸・長谷部純夫らは、昭和五五年、自民党系の大日本同和会京都府・市連合会を再建することを計画し、その再建のためには同和会加入者の経済的基盤を確立する必要があると考え、経済的基盤確立のための運動の一環として、税務対策を行うことを企画した。税務対策としては、同和会関係者に対して、少なくとも解放同盟と同じ取り扱い、すなわち、「ゼロ申告」を大阪国税局長に認めてもらう必要があると考え、昭和五五年一二月、大阪国税局を訪問し、解同中央本部らとの間の前記確認事項を示して、同和会に対しても同じ対応をしてほしい旨の要望をした。大阪国税局は同和会の要望をうけいれたうえ、京都府の場合は上京税務署が筆頭署であるから、細かいことは上京税務署と話し合いをされたい旨の回答をなし、大阪国税局が同和会と上京税務署との間の話し合いの場をセットした。同和会と大阪国税局との話し合いによって、(イ)各税務署は総務課長を窓口とし、同和会の側は同和会事務局が窓口となる、(ロ)解放同盟と差をつけるようなことはしない、(ハ)同和会を通じての申告については全面的に認める、という確約がなされた(弁一)。解放同盟と大阪国税局長との間の確認がなされたのは昭和四三年であるから、それ以来約一二年後のことである。この間、解放同盟は一二年間にわたってゼロ申告をなし、税務当局はこれを脱税と知りながら申告是認をしていたのであるから右同和会との確約は、当然のことながら、同和会を通じてなす申告は、ゼロ申告であっても、全面的に申告是認する、ということを意味する。しかしながら、席上、大阪国税局側は、「解放同盟は全部ゼロ申告であるが、同和会が自民党だから、時の政権を担当している党の支援団体である以上、十のうちたとえ一でもいい、〇・五でもいいから少しずつでも税金を払うように協力してほしい」ということを要望した(弁一の一四丁裏)。この要望の意味するところは、「正規の税額を全く納税しないということをしないで、正規の税額の一割でも納税されたい、そうすれば残りの九割の脱税については是認・承諾する」ということである。これは「正規の税額の九割の脱税は認める」ということを明言したのと同じことである。大阪国税局側からこのように話されれば、同和会側としても、正規の税額の九割分について納める必要はないということを大阪国税局は認めてくれた」と認識するのが当然であろう。たとえ客観的には九割の脱税であっても、大阪国税局の幹部がこのように話した以上、九割分については「違法なものではない」と考えてしまうはずである。また、上京税務署長も昭和五五年一二月の話し合いにおいて「同和会は自民党系だから、よそさんの団体のようにゼロ申告をせずにたとえ少しでも、五分でも一割でもいいから納めるように指導してやって下さい。」と話している(長谷部証言六・七丁)。後日、逮捕されてから、検察官・裁判官から、「これが合法なものでないことは、ちょっと考えると気が付くことではないですか」と指摘されても、税務当局の幹部から「一割だけ納めてくれればよい」旨を話され、しかも、解放同盟は一〇年以上にわたってゼロ申告をしながら調査・更正・決定もない、ということが公然と行われているからには、同和会側が「合法的なもの」と考えても、それを責めることはできない。

七、大阪国税局長・上京税務署長との話し合いのあと、同和会は、昭和五六年から、昭和五五年分の所得税の確定申告の手続きを開始したわけであるが、この手続きについては、例えば「一〇〇万円位の税金なら納められるが、五〇〇万円も六〇〇万円も納められない。一〇〇万円の税金ですむように頼んでくれ」といわれて、その旨を税務署に頼みにいき、税務署は、この頼みを受け入れて、税務署の職員である総務課長・第一統括官が自ら申告書を作成していたのである。税務署が、同和会の希望するままの税額を、それが脱税であっても、そのまま容認し、自らその税額に、つじつまを合わせる申告書を作成していたのである。このような税務署の行為は、脱税を脱税と知りながら容認・承諾していた、という以上に、脱税の共犯(もっとも同和会側には違法の認識はなかったのであるが)ともいうべきものである。

この昭和五六年三月の申告時期に、税務署から、領収書を発行するための「受け皿会社を作りなさい」との示唆を受けて設立された会社が、本件で問題となった有限会社同和産業である(弁一の二〇丁裏、弁二の五丁表)。税務署は、同和会の申告が脱税であることを知りながらこのような示唆を行ったのであるから、脱税のための申告書上の数字のつじつまを合わせるためのみの会社であることを知りながら、このような示唆を行ったものであることは間違いない。しかも、このような示唆は一箇所の税務署だけではなく、何度も同じような示唆を受けたというのであるから、税務署側の組織的な示唆であろうと想像されるのである。脱税のための受け皿の会社の設立を税務署が示唆するということは、税務署が自ら脱税指導を行っていたことを意味するのである。本件や本件を含む脱税事件においては、所得税法違反の場合は架空の債務の計上と架空の保証債務の履行という方法がとられ、相続税法違反の場合は架空の相続債務の計上という方法がとられ、これによる脱税が訴追されているのであるが、これらの脱税方法は、すべて税務署の指導によるものといっても過言ではない。長谷部純夫が税務署の「指導」「アドバイス」によって脱税した旨を原審において証言(弁一の五丁裏、六丁表、長谷部証言一一丁、一二丁等)するのも無理からぬところである。

八、このような経過によって、本件を含む一連の脱税のパターンができあがったのである。この間、「有限会社同和産業」「株式会社ワールド」は、何度も脱税の道具に使用され、同一債権者による同一様式の金銭消費貸借契約書・領収書が同一の税務署に対する申告書に添付されていた(長谷部証言一二丁裏)。しかも、その提出先はすべて総務課長である。税務署が同一パターンによる脱税であることを知悉していたことは明白である。脱税であることを知りながら、同和会を通じての申告について、昭和五六年から同六〇年三月まで税務署は何らのクレームもつけず、すべて申告是認していた(弁二の一三丁)。

九、同和会関係者の一連の脱税事件が起訴されたわけであり、これが脱税であることは明確になったわけであるが、税務当局は、それにもかかわらず、解放同盟を通じてなされた過去の申告について調査・更正・決定をなしたことを聞かない。しかも、解放同盟は、今でもゼロ申告をやっている(長谷部証言三一丁裏)。ゼロ申告は本件の一連の同和会関係の脱税よりも悪質である。それにもかかわらず、解放同盟関係の脱税事件が起訴されたということを聞かない。税務当局も検察当局も解放同盟の脱税についてこれを是認・承諾していると解さざるを得ない。

解放同盟を通じてのゼロ申告を是認するのであれば、同和会を通じての過少申告も是認すべきが当然である。

一〇、本件における所轄税務署は、右京税務署であるが、同和会が扱った件数については右京・伏見・宇治税務署が一番多い(弁二の六六丁裏)。右京税務署では、本件申告が過少申告であることを当然知っていたはずである。本件申告書では、譲渡所得の収入金額が金二〇〇、七九二、四〇〇円という多額の金額が記載され、コの申告書には、他の脱税申告にも使用されている「有限会社同和産業」・「株式会社ワールド」の金銭消費貸借契約証書・領収書が添付され、「全日本同和会京都府連」のスタンプが押され(検二のこのスタンプのところには、同和会を通じての申告であることを確認したことを示す「」印がなされている)、長谷部純夫が総務課長を通じて提出したものであるから、脱税による過少申告であることは、すでに分かったはずであり、右京税務署は、本件申告が脱税であることを知りながら、これを是認・承諾していたものである。

第二、共謀

原判決には、明らかに判決に影響を及ぼす事実の誤認があるのでその破棄を求める。

原判決は、「納税者たる被告人において、少なくとも税を免れる意思で、その共犯者の一人にその手続きを依頼したことから判示の共犯者らが順次共謀したうえ犯行に及んだものである上、被告人がその共犯者らすべての者と面識がなく、かつ、それらの者から脱税の具体的な方法をいちいち聞かされていなかったとしても、その点の犯意を欠くものではなく、被告人の共犯者としての責任を免れるものではない。」と判示する。

しかし、「共謀共同正犯を本質的に実行共同正犯と同質のものとして扱うためには、共謀または謀議の発議者であったとか、中心人物であったとか、推進者あるいは維持者であったというような、一体となっての共同犯行または共同実行の認識や、他の構成員への心理的拘束といったきびしさが要求されねばならぬ。」(ジュリスト増刊、刑法の争点点(増補)一一八頁)。

しかるに、被告人は、宇津竹次郎から「同和団体と税務署の話し合いで、同和団体へ資金のカンパをすれば税金を考慮できる」(被告人供述調書七丁)、同和団体には節税の「何ぼかの枠があって、その枠内である」(被告人供述調書一三丁)等と勧誘をうけ、同和団体に、本件所得税の申告手続きをまかせたにすぎないのであって、株式会社ワールドが有限会社同和産業から二億円の借入れをし、その債務について被告人が連帯保証人となるという方法を使うことはもちろん、より抽象的にどのような手段で税を安くするのかも知らず、又、松本芳憲とは、土地売買の仲介人として二、三回あったことはあるが、渡守秀治や長谷部純夫とは申告の日に、宇津竹次郎から「この人が税務申告や納付手続きをしてくれる同和会の偉い人です」(検第二六号証三丁)と紹介され、その際、「名刺の交換や名前も聞かず、またその同和会の人の名前も名乗りませんでした」(検第二六号証一二丁という程度の出会い方であり、ましてや、鈴木元動丸とは面会さえしていないし、この申告行為に鈴木元動丸が関わっていることさえ知らなかったし、逆に鈴木元動丸の方でも、被告人の申告手続きをしたという認識さえなかった(検二九号証)のであって、被告人には、とうてい、「一体となっての共同犯行または共同実行の認識」があったと言うことはできないのである。

第三、違法性の認識

一、原判決は「税務当局の対処や運用については一部に適切を欠いた点はないではないが、直接脱税を示唆したものとは認め難いばかりか、これが社会一般において合法視されていた事実も認められないから、被告人が同和会を利用して本件申告に及んだことをもって、直ちに違法性の認識を欠いたものとはいえない。」として、被告人に違法性の認識があったとの事実を認定しているが、これは、被告人の違法性の認識についての事実を誤認したものであって、この誤認は判決に影響を及ぼすことが明らかである。

なお、違法性の認識は故意の要素であるから刑事訴訟法三八二条に定める「事実」に該当するというべきである。

原審によって取り調べた証拠によって、被告人が違法性の認識を欠いていたことは明白である。その詳細は次のとおりである。

二、本件脱税は、同和会と被告人との間を、松本芳憲・宇津竹次郎が仲介して行われたものである。被告人の行為としては、事前に、宇津竹次郎に対して申告書に添付する書類を交付したこと、一二月一二日に宇津竹次郎に対して金六〇〇万円を支払ったこと、二月一四日に現金と銀行振出小切手で金二、四〇〇万円を同和会関係者に対して支払ったこと、の行為があるにすぎない。宇津竹次郎は、申告書添付用の書類を同和会に交付し、同和会事務局が申告書を作成して、これを長谷部純夫が右京税務署に提出したのである。被告人自身は、申告書の作成には何ら関与していない。申告書提出直後に、申告書の控えを見て、その納税額の低さに気付いたのみである。被告人は過少申告が「株式会社ワールドが有限会社同和産業に対して負担する債務を被告人が、連帯保証していた」と仮装してなされたものであるなどということは知らなかったし、また、連帯債務者が債務を履行した場合に、主たる債務者に対する求償権の行使が不可能となった場合の規定を利用してものである、ということさえ知らなかったのである(被告人調書五丁裏)。被告人の認識は、宇津竹次郎がの話を信用して、「同和団体と税務署の話し合いで、同和団体へ資金面のカンパをすれば、税金を考慮してもらえる」、「右京税務署と同和会との話し合いが出来ているということで、そのことが頭にこびりついていて、脱税と思ってなかった」(被告人調書七丁)、一般の申告期間の始まるのより早い二月一四日に申告をしたことについて「同和会と税務署との話し合いがあるので早く申告をすませたものと思っていた」(被告人調書七・八丁)、年間何件かの枠があってその枠内である」(被告人調書一三丁表)、というものであった。被告人の供述調書や質問てん末書には、被告人が当初から脱税の仕組みや本件申告が脱税であることを知っていたかの如き記載があるが、これは初めて逮捕勾留され、検察官等の取り調べを受けたため、気持ちが動転して、供述調書・質問てん末書の表現に細かな注意を払わないまま、捜査官の言われるままに作成されたために、かような記載となったものである(被告人調書八丁裏)。従って、本件申告が過少申告であること、修正申告が必要であることに気付いたのも、逮捕されて、取り調べを受けてからのことである(被告人調書九丁表)。

被告人に対して同和会を通じての申告を勧めた宇津竹次郎自身が、違法の認識を有していなかったのであるから、被告人が本件申告を脱税と思わなかったのも当然である。

三、宇津竹次郎は、特別措置法で金八、〇〇〇万円の免税があると思っていたのであり」、このように思うのが、不動産業者の通例であった(宇津証言二五丁)。この金八、〇〇〇万円の免税は法律に定められたものであるとも思っていた(宇津証言二六丁)。宇津竹次郎や不動産業者の者がこのように思っていたというのも、前述のように税務当局が長年にわたり脱税を是認してきたのであるから、無理からぬことである。宇津竹次郎の周囲には、同和関係者を通じて脱税しながら、申告是認をしてもらっていた者が何名か存在したのであるから(宇津証言五丁・五八丁)、なおさら違法の認識は、なかったのであろう。

宇津竹次郎は、同和会を通じてなされる脱税全般について違法ではないと思っていたのであるから、本件申告についても当然適法なものと考えていた渡守秀治からは「同和会を通じて井上さんの申告の話を今やっている」という説明を受け、渡守は、右京税務署の職員の判を見せて「大丈夫です」といっていた(宇津証言四五丁)のである。松本からは「現在、話合い中だ。ただ、各区で納税者一〇人ぐらいに絞っている」ときいていた。

同和会幹部の渡守秀治や、同和会の紹介者である松本芳憲からこのように聞いているのであり、しかも、同和会を通じての申告は長い間、そのまま是認されてきたのであるから、宇津竹次郎は、この認識をもとにして、被告人に対し、「税務署と話がついているから大丈夫だ」と話していたのである。

四、松本芳憲は、宇津竹次郎に対して、同和会を通じて申告する者を紹介するように勧めた者である。松本芳憲もまた、同和会を通じての申告が違法であるとの認識はなかった。松本芳憲は、当初、渡守から「同和事業の一環として節税がある。申告の前に税務署と相談して申告額を決める」と聞いていた(松本証言二丁裏、四・五丁)。松本芳憲もまた、不動産業界の中で同和の団体を通じて申告すれば、節税ができるということを聞き、松本の周囲にも、節税をした者がいるというのである(松本証言一二丁)。そして、税金が安くなるのは同和事業の一環として節税として認められていると考えており、脱税という気持ちは全くなかったのである(松本証言一三丁)。本件を含む一連の脱税事件が新聞に掲載されて初めて驚いたというのである。松本証言全体によると、同和団体を通じての脱税が、いかに一般化しているかということ、それを税務当局は全面的に是認していたこと少なくとも不動産業界では衆知の事実となっており、違法と考える者はいなかったこと、が分かるのである。

以上のように松本芳憲もまた、本件申告につき違法の認識はなかったのである。

五、長谷部純夫は、同和会の事務局長として、本件を含む一連の脱税事件すべてに関わり、また、大阪国税局・各税務署と交渉を行い、脱税の仕組みをも知っていたのであるが、同人もまた、一連の脱税申告につき、これが違法であるとの認識をもっていなかったのである。

前述のように、解放同盟のゼロ申告の長い実績があり、さらに、同和会を通じての申告では、当初は税務署員自らの手によって申告書を作成してもらい、「受け皿会社」設立を示唆されるなど、税務署の「指導」によって脱税してきたのであるから、違法の認識をもたなかったのも、当然といえば当然である。租税法に詳しくない長谷部純夫としては、正規の税額よりも安くなるのは、「行政による配慮」に基づくもので、合法である、と考えたのも無理からむことである。「行政による配慮」があったこと自体は事実であるからである。

商工会議所の経営指導員という信頼すべき立場にある者が、同和会本部において、脱税と知りながら申告書を作成し、しかもそれが法律に違反することを指摘しなかったということも、長谷部の違法性がないとの認識を高めたことと思われる(長谷部証言の八丁以下)。

五、このように、同和会幹部・同和会を通じての申告を勧めた者らすべてが違法性の認識を有していなかったのであるから、ましてや被告人に違法性の認識があるはずもなく、かつ、そのことを責めるわけにはいかないのである。

第四 情状

被告人は町内会長や市会議員の後援会長を勤め地域社会の発展に貢献し、又、地域のソフトボール連合会長として長年青少年の健全育成に勤めてきた。当然のことながら前科も無く、今回まで犯罪行為に関わったことは全く無い。にもかかわらず、今回、宇津竹次郎の強い勧めに乗って、結果的に脱税行為をしたことは痛恨の一事といってよい。(なお、原判決は、「本件の納税申告に関しては、被告人がその売却の仲介人であった共犯者宇津竹次郎に税金を安くなるよう依頼したことから……」と判示するが、宇津は本件までに妹婿の北尾寿夫の件につき本件と同様の行為をしていたが、これについては、ごく近い身内しか知らないものであって(宇津公判調書三二丁)、被告人が知るはずのないものであり、又、北尾のときも、宇津の方から北尾に話を持ちかけているのであり(宇津公判調書二六)、右本件においても、宇津は同和団体に紹介すれば手数料がもらえること、当時、宇津は負債があり被告人から手付金名義で金六〇〇万円を詐取していることを考えると、被告人の方から積極的に本件行為を依頼したのではなく、宇津の方から被告人に強く勧誘したことは疑いようがないのである。)

被告人は、本件行為時他人の債務を保証していたため、二億円の保証債務をかかえており、又、先祖代々続いてきた材木業を廃業して、この材木業を営んできた敷地を他に売却したことかち、少しでも先祖から受け継いできた財産を残そうとして本件行為をなしたものであり、同情できる点もある。

検察官は、逋脱率が九〇%以上になることを問題とするが、これは、被告人の意図したことではない。被告人は正規の税額の半額以上の金三〇〇〇万円の一部が同和団体の者に渡しているのであり、被告人は、この三〇〇〇万円の一部が同和団体に取得されることがあるとしても、大部分は納税されると思っていたのであり、逋脱率の高さについての責任を全て被告人に負わせるのは酷にすぎるのである。

本件は、各種新聞に大きく報道され、今までつちかってきた被告人の人望を一挙に失墜させたものである。このため、被告人は市会議員の後援会長を辞任することを決意したほどであっる。

被告人は、既に修正申告を完了しており、延滞金六、四四八、六〇〇円、及び重加算税金一六、〇九五、〇〇〇円も既に支払っている。更に又、延滞市府民税六二、八〇〇円も完済しているのである。

この遅延金、重加算税及び延滞市府民税と、同和団体や宇津竹次郎に差し出した金二六、二六五、三〇〇円を加えると合計金四九、四二〇、七〇〇円もの本来必要の無かった金員を支払っているのであり、既に一二分な制裁を受けている。

被告人は、今年四月に再度町内会長に選任され、心気一転地域社会に貢献しようとしており、又、当然のことながら今回のことについて深くくやみ、反省している。更に、再犯のおそれは全くない。

以上のことを勘案して、十分に寛大な刑が言渡されることを願う次第である。

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